Yolo

ひき算、かけ算、時々たし算。

ただのつぶやき

人生は足し算より引き算生きたほうが、シンプルでいい。

 

そんなふうに思います。

 

23歳、夏。

ポーラーベア

「Infinitely Polar Bear」を観た。

「それでもやっぱりパパが好き!」という邦題通り、育児に奮闘するパパの話。

そのパパが双極性障害を抱えている。

というお話。

 

先週観たSpot Lightという作品中でのMark Ruffaloの演技が好きだな、と思っていたところ、彼の主演作品を見つけて観てみた。

 

表情が何とも言えない。

誠実さと素朴さ。

 

Spot Lightの一場面、彼演じる記者が、被害者にインタビューをするシーン。

その表情が、何とも優しくて、辛い場面だけど癒される。

 

今回のInfinitely Polar Bearでも、そんな彼の表情がたくさん見ることが出来ました。

 

人間の心の中。素性。

それって表に出るなと思う。

表情や仕草。

素直に出してしまえばいいんだけども、何故か隠したい自分もいる。

そうすると複雑になる。

恥ずかしいところも隠さず見せる。

それが自分で受け入れることが出来てはじめて、にじみ出る誠実さがあるのかな。

無数の分かれ道

自分の中でわくわくと計画していた、予定というものがある。

楽しい一日にするためいくつか予定を組んでおく。

小さな予定ではあるけれど、心躍らせている。

 

その予定が、計画が、急に立ち消えることがある。

今日はまさにそんな日である。

 

昨日レンタルDVDを借り、ポップコーンも用意した。

今日の予定は「お米を炊く」「DVD鑑賞をしながら大好きなポップコーンをボリボリ食べる」の二本立てのはずだった。

はずだったのに、不注意でDVDプレーヤーを落下し破損させてしまった。

さあDVDを入れよう、という時だった。

あわてて同じ商品をネットで再購入したから、明日もしくは明後日には計画は実行される。

 

しかし今日である。

今日が、DVDを観てポップコーンを食べる日だったはずなのだ。

それが自分自身の不注意によって立ち消えたのである。

 

オーマイガーってやつである。

 

こういうことが人生には起こる。

計画が立ち消えたショックも大きかったが、予期せぬ物事が起こる不思議についても考えさせられた。

もしあの時、DVDプレーヤーを落下させ壊してしまうことなく、順調にDVD鑑賞を初めていたとしたら、今日は自分にとってどんな日になっていただろう。

しかしまたその計画が立ち消えたことで、エッセイを読むことになり、そのエッセイで見つけたストーリーには、いずれ出会っていたとしても今日ではなかったかもしれない。

今日出会うか、来週か、来年か、それだけで人生は大きく変わってくるだろう。

今でなければもう二度と出会えないという可能性だってある。

振り返ったとき、自分自身が持てるひと時に、別れ道を見たような気がした。

きっとその一瞬一瞬に、別れ道は無数にあるのだろう。

そんなことには気づけないでいた。

 

ポップコーンだけでも食べようかな。

 

アバウト・タイム

今日は、アバウト・タイムというイギリスが舞台の作品をDVDで観た。

感想とか思いを述べるのが苦手だけど、その鍛錬のためにも、また日記として、ここに記そうと思う。

 

主人公の青年の地元であるコーンウォールという地が、美しい場所なのではと思った。

深く考えず訪れてみたい。

 

青年と家族の間に流れる空気がとても美しい。

彼らは素直。

澄んだ空気と愛情が流れている。

正直者で癖のある母親が、とても好きだった。

彼女の強さと繊細さは、青年の妹である娘に受け継がれていると思う。

彼女は不安定だった時期を抜け出し、強くたくましくお茶目な母になるだろう。

 

日々を、それが最後の1日であるかのように生きる。

今まで何度も耳に、目にしてきたフレーズである。

そのことの難しさについてもよく知っている。

周りの人々、環境への感謝を、自己中心とする気分などで忘れる、ないがしろにする。

時には傷つけ、台無しにする。

今日生きていることが、どれほどの奇跡なんだろうと、通勤途中の満員電車の中で感じることは難しい。

 

立ち止まることが、見渡すことが、時には必要。

人や環境に愛情を持てると、自分の心にじんわりとあたたかいものが広がる。

タイムトラベルをテーマにしたこの作品からも、そのあたたかさを感じた。

 

日々をルーティーンとしか感じられなくなった人に、是非紹介したい作品だった。